レッスン体験記~手の動きのコシ

またまた久々の更新になってしまいました。

今も継続してエスラージを教わっています。実技だけでなくインド音楽について詳しく教わったり、後は私の練習不足もあり(というかこちらが主な理由)、ゆっくりと進めております。

先日のレッスンで、左手の移動の際、「手の動きにコシがない」との指摘を頂きました。楽器を弾くうえで初めて聞く言葉で、正直最初意味が全然分かりませんでしたが、意味を聞いたところ、「その音を弾く、という気持ちが感じられない」、とのこと。

なるほど、言われてみれば確かに今まで「ドの音を弾く!」とか「ここはソだ!」とか考えることもなければ、「自分はこの音を弾く!」と確固たる意志を持って弾いたことがなかったように思います。(ちなみに前半の「ドの音を弾く!」というは考えてやってる人いるのでしょうか?自分で書いといてなんですが…)

指先では、バイオリンなんかでは「この辺!」というのを結構意識してますが、あくまで「指先」であり、手のひらではそんなこと考えてませんでした。でもそれって、親指の位置がテキトーという事で、バイオリン的にNGな気がします。同様に、弓奏楽器は弓でも音程がぶれるので、こちらも本来セットにしないといけないはずですよね。

バイオリンで音を外すのも、ピアノでミスタッチをするのも、ギターで音ミスるのも、もしかして全部これが原因か?と、だいぶ納得してしまいました。

こういうことって、多分できる人たちからは当たり前で、言語化するまでもないか、逆に当たり前すぎて言語化できない部分なのかも知れないですね。

若林先生の場合は、様々な楽器を独学→師匠を見つけて習う、という事を繰り返していたそうなので(著書よりそういう印象を受けました。違ったらすみません…)、必然的に他の音楽家よりも言語化する必要性に迫られることが多かったのかな、と感じます。

さて、今回はもう一つ、話の流れでタンプーラをちょっとやることになりました。

タンプーラとは、フレットも何もなく、ただ単に演奏者に基音を伝えるだけの楽器です。(もとはタンブールという楽器が、インドに伝わって変化したらしいです)北インドではシタールと同じように瓢箪ボディーになったようですが、近年では器楽用の小型の木製胴のもの(タンプーリといいます)も使用されているそうです。写真は、タンプーリです。

以前、題名のない音楽会(だったかな?)で、タンプーラは誰でも担当できる、といったニュアンスの会話があったのですが、それは冗談のようで、見た目とは相反した深さがありそうです。

ちなみに写真のジャワリ(白い部分)についている糸は、これでサワリの効き具合を調整しています。

次回からタンプーラもちょっとやることについては先生に提案頂いたのですが、正直何をどうやるのか全くイメージがわかず、こういう時はたいてい予想外の意図があったりするので、楽しみにしています。

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